ANDADURA

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2026.10.23

水晶の家

 
 
「海辺へ」無事に終えることが出来ました。
 
お越し下さったみなさま、jijiさん、出店のみなさん、そして、支えて下さった、御幸ビルディングのみなさんと、出店の家族のみなさん、ありがとうございました。
 
合宿のような、同窓会のような、楽しい3日間でした。出会いもあり、「楽しかった。」といろんな方に言っていただけた言葉を、嬉しく聞いていました。次回は、改装を終えてものが入っていない、自宅でやりましょう、と話したりしていました。
 
「海辺へ」を終えて、串本や那智の方をウロウロして、行きたいところにいろいろ行っていたら、今朝の3時過ぎに家に着きました。
 
朝起きて、子が「今日も和歌山に行こうよ。」と言っていましたが、そう思うような時間でした。
 
みなさま、ありがとうございました。
 
 
 
【 旅行編】
 
「海辺へ」を終えた翌日に、白浜から那智勝浦に向けて海沿を車で走らせました。
気になるポイントがあったら立ち寄るという、行き当たりばったり旅。
 
立ち寄った海岸で、面白そうな洞窟があったので、岩場をつたいながら向かう。
途中で子が「わっ、水晶がある。」と言って、水晶の家のようなポイントを見つけました。
行ってみると、岩の断層の隙間に、小さな水晶がギッシリと生えていました。
野生の水晶を見るのは初めてのことで、もちろん、洞窟へ行くという目的は忘れ、水晶採集に夢中になる。
 
水晶が生まれるポイントは限られていて、どういう条件で水晶が生まれるかは、分からなかったけど、大きな水晶のあるポイントは無いかと、いろんなところを散策する。
 
あることろに、白濁化した水晶の家がある。
そこに生えている水晶は、やせていて死んでいるように見える。
「ちょっと、こっち来てみて、死んだ水晶があるよ。」
3人で死んだ水晶を見る。
「死んでるね。」「水晶って死ぬんだね。」
「ってことは、水晶は生きてるってこと?」「あっちの水晶は確かに生きてるね。」
白濁化した水晶からは、生命エネルギーのようなものが、消え失せている。
死んだ水晶を見ることで、その違いで、水晶が生きているとしか思えなくなる。
 
死んだ水晶を見たその目で、さまざまなものを見ると、そこに転がっている石も、生きているとしか思えない。家の壁面のサイディングですら、しっかりと生きているように見える。そんな目線でいろんなものを見て遊んだ。
 
小さな水晶が集まっている、水晶の家に出会うことは、「海辺へ」の翌日の出来事としては、出来すぎているなと思ったけど、そのよき兆しを体に染み込ませました。
潮が満ちてきたので、水晶の家を後にして、バッテリーを上げたりしながら、いろいろな場所を巡りました。
道沿いの鍛冶屋さんに工房を見せてもらったり、温泉で話したおじいちゃんが、お弁当屋をやっていたので、尋ねてみたり(お店は閉まっていたので、置き手紙をおいた。)教えてもらった場所に行ってみたり。そんな旅らしい旅でした。
 
 
 
2026.10.23 | note
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