ANDADURA

BLOG

2026.10.5

個個

 

 

 

個個

 

ことこと、個と個と、個と事

小さな冊子「個個」というものを、THE STABLESの小田原さんと作りました。

 
ー
 
「あう」ということ 小田原史典 / THE STABLES
 

「月の裏側を見る」僕

 
ー
 
6月にTHE STABLESさんでひらいた「そこ と ここ」という会。
「そこ と ここ」というタイトルならば、「ここ」という冊子でも作りませんか?
とお声がけしていたもの。お互いが聞きたいことを、質問しあいながら、文章を書いて送りあい作りました。
 
「ここ」は、どんな冊子になるんだろう?と頭の中に「ここ」という言葉を置くと、「ここ」は「個々」になり、「個個」になりました。
 
「個個」という言葉をイメージすると、表紙は、15年前くらいに、益子郵便局前で拾った、潰れた空き缶が連想されました。潰れた空き缶の写真を小田原さんに送り、小田原さんにも写真を送ってもらい、やりとりをしながら、小さな冊子になりました。
 
11月の末から「そこ と ここ」のB面的な会をひらきます。「個個」はその会に合わせて制作しましたが、会が開かれる前から場に置かれていた方がよかろう、とのことで、少し早めに作りました。
 
なぜか「個個」という言葉で、潰れた空き缶を連想してしまい、僕の「個」という言葉のイメージはこの缶なのかもしれないな、と少し苦笑しました。
随分まえのことですが、この潰れた缶を拾ったときのことは、覚えています。「あっ」と思ったら、その時には、手に持っていたくらい、条件反射を上回るスピードで拾っていました。拾った時も、工房に戻って、すぐにスキャナーでとって保存しました。今とやっていることは変わりませんが、ライフワーク的に冊子を作っているので、そこに載せられるのは、面白い循環だなと感じます。
 
「そこ」を作っている時にも感じますが、文章を送りあって、それぞれが文章を読みあう。
宛名が自分である言葉に触れるというのは、不思議な手触りのある体験で、冊子になるということはおまけのように感じます。
これ、みんなやったらいいのにな、と毎回のように思います。そして、これやってたら平和になるだろうな、と少しおおげさに思うこともあります。
理由は分かりませんが、冊子を作っているとそう感じます、なのでライフワークのようになっているんだろうと思います。
 
 
2026.10.5 | information そこ

2026.10.1

小さな冊子「そこ 5」

 

そ こ 5

 

ここ と あそこ の あいだ

小さな冊子「そこ 5」が出来ました。

 

ー
 
「海の外へ渡る」森永佐和子 / tirupati


「島の時間、走りながら思い出すこと」森永祐史 / tirupati


「当たり前のなかに」山本綾乃 / ankh

「火葬場にて」僕

 
ー
 
「そこ 5」を作りました。「そこ」を作りはじめたのは、2024年10月なので、2年が経ったことになります。半年に1号というペースで細々と続けています。これだけスローなペースだと飽きるということがない、というのが、ゆるゆると進める良さだなと感じています。レイアウト作業にも少しづつ慣れてきました。
 
今回は表紙や挿絵は、全て子の描いた絵になりました。手が空いた時に、スケッチブックを工房に持っていき、スキャンする作業も、恒例になり、冊子づくりをめぐるあれこれが、ライフワークのように定着してきました。4人のそれぞれの声が、(あたりまえですが)それぞれ違っていて、そのことが、冊子を作っていて安心するのは毎号のことです。
 
僕は2年前の火葬場での出来事について書きました。短編小説のように書いてみようと思って書いたのですが、それがうまくいってるかどうかは自分ではよく分からないです。
 
これから冊子をお店さんにお送りします。お近くのお店さんで、見かけたら、持ち帰っていただけたら嬉しいです。「そこ」を置いてくださっているお店さんは、プロフィールのリンクよりご覧ください。
 
ー
 
【雑記】
 
 
子どもの死生観というのは、面白いもので、先日電車のホームでこんなことがありました。
子が丸いもの(何か忘れた)を落として、ホームで追いかけていたので、「それ、電車来たら、死ぬよ。」と言うと「それも、ありやなぁ〜」と言うので、「どうみても、なしやろ!」と、すかさず、つっこみを入れる。「まぁ、死んでも新しいお母さんの中に入れば復活するしな〜」「えっ?そうなの。」「そうで。」
 
そういえば、3歳くらいの頃に、生まれる前のことを詳しく教えてくれた時があった。「遠くの星にいて、暖かくて楽しそうな場所があったから、入り込んでここに来た。」
 
だから、こういう死生観なのかと思う。「まぁ、復活するかも知れんけど、会えんようになるので、なしやな。」と言うと、神妙な顔をしていました。
 
 
2026.10.1 | information そこ

2026.3.11

別冊写真号「こそこそ 4」

 
 
 
こ そ こ そ 4
 
「そこ 3」と一緒に、別冊写真号「こそこそ 4」も同時につくりました。
この号は、文章を載せるか迷いましたが、何の説明がないのは、突然飛んで来たボールのような突如感があると思い、文章を書きました。説明しすぎるのも野暮な号ですので、本文から一部抜粋します。
 
ー
 

子どもが2歳になったころ、簡単に操作できるデジカメを渡した。
子どもがどんな風に、世界を眺めているのか?どんなものに興味があるのか?撮った写真を見たら少しは感じることができるだろうと思ったからだ。

その時、手渡したデジカメには興味を示さず、鏡像体験前の世界を見てみたいという僕の意図は、デジカメとともに、押入れにしまわれることとなった。
 
(中略)
 
ここに載せられなかった写真たちを含め、たくさんの写真をパソコンで画面で眺めながら、肩の力が抜けるような感覚があった。
写真としての良し悪しは別にして、その作用は何かとても大切なもののように感じた。
 
ー
 
「こそこそ 4」は子どもの撮った写真号です。
 
お近くのお店さんで、見かけたら、持ち帰っていただけたら嬉しいです。
「そこ」を置いてくださっているお店さんは、こちらよりご覧ください。
 
 
 
2026.3.11 | information そこ

2026.3.11

小さな冊子「そこ 3」

 

そ こ 3 

 

ここ と あそこ の あいだ

小さな冊子「そこ 3」が出来ました。

 

ー
 
 
「山へ行く」森永佐和子 / tirupati


「それぞれの遠さについて」森永祐史 / tirupati

「平行のあいだ」山本綾乃 / ankh

「スキャナーとの思い出」僕

 
ー
 
装いを少しリニューアルしました。
テキストサイズと、「拾ったもの」をスキャンしたイメージへの変更。
 
別冊写真号「こそこそ 4」も同時につくりました。
 
3 と 4を同時に作るなら、連作のようにしたいと思いました。スキャナーというアイテムに3と4を繋いでもらうとの目論見で作った、スキャナー偏愛号となっています。
「拾ったもの」のイメージを抽出するのは、視点のあるカメラではなく、無視点的に取り込めるスキャナーであろうと考え、スキャナーを買い、久々にスキャナーとの蜜月を楽しみました。妻からは「スキャナーの話ばかりしてる。」と怪訝そうに言われましたが、スキャナーの話がしたかったのです。
 
ー
 

これから冊子をお店さんにお送りします。お近くのお店さんで、見かけたら、持ち帰っていただけたら嬉しいです。「そこ」を置いてくださっているお店さんは、こちらからご覧ください。

 
 
2026.3.11 | information そこ

2025.2.28

小さな冊子「そこ 2」

そ こ  2

ここ と あそこ の あいだ

小さな冊子「そこ 2」が出来ました。



【目次】

 


「寄り添うとは一体」森永佐和子(tirupati)

「記憶とその周辺」森永祐史(tirupati)

「原風景の一点」山本綾乃(ankh)

「凧がいてくれてよかった」僕




今回もテーマや書く内容についての打ち合わせもなく、納期もなく、ただ、メールアドレスを共有し、個人的に書きたいことを書きたい時に書いてそこに送る。4人分集まったら、僕がレイアウトして、入稿するという前回と同じやり方で作りました。

僕のささやかな試みとしては、絵やイラストは、冊子のために描いたり、用意したりはせず、もともと持っていたものや、生活していて、目に入ったものを使うようにしています。身の回りで日常的に絵を描いたり、写真を乱撮するのは、子どもで、表紙の写真以外は、目に入った子どもの絵や写真です。

レイアウト作業をして、家に帰ったら、「これピッタリじゃん。」という絵に出会ったりします。なので、レイアウトする日、その日の気分や、たまたま目にしたもので、違うものになるであろうやり方でフワフワと作っています。

ある程度まとまったら、ちがう形にしようとは、うっすらと考えていましたが、その形に「雑誌」という言葉をあててみると、なんともワクワクしてきました。「さっし」が11(点々)で「ざっし」になる。まとめる冊数は11だな。個人で雑誌って作れるんだ。(勝手にそう呼んでいるだけだけど)雑誌の1ページが出来たら、冊子として見てもらって、まとまったら雑誌になるという無理のない作り方も、自分に合っている気がする。

どこまで、続くかは不明ですが、いろんな発見があったりするのが楽しいので、フワフワと細々と続けていこうと思っています。

これから、お店さんに冊子をお送りします。お近くのお店さんで、見かけたら、持ち帰っていただけたら嬉しいです。「そこ」を置いてくださっているお店さんは、こちらからご覧ください。

 

 

2025.2.28 | information そこ

2024.10.24

小さな冊子「そ こ」

 
小さな冊子「 そ こ 」は展示会で、ものといっしょに言葉も置いておきたいと思い、tirupatiの森永夫妻と妻の綾乃といっしょに作ったものです。
 
そのほかには、ご注文いただいたお財布と一緒に送ろうと考えていました。独立したばかりの頃は、気に入った本の「ここぞ」というページをコピーし、お財布と一緒に勝手に送っていたので、これからは、自分たちで作った読み物を添えてお送りできることが嬉しい。
 
そこ、というのは、ここ と あそこ の あいだ の領域です。境界と言っていいかもしれませんが、そこに明確な線があるわけではなく、波打ち際のような、おおらかで揺らぎのある境界のイメージです。
 
その揺れ動く領域のことを頭において、冊子を作る中で、この冊子で僕自身の境界に揺らぎを与えてみるのも面白そうだと、思いはじめました。僕自身が話をしてみたい人や、なにかを共にしたいなと思う人に、この小さな読み物を送ってみるのはどうだろうか?友人や仕事の関係とは、少し違った、不思議な関係が生まれるのでは、などと夢想しました。
 
というわけで、ふっと思いついた人や、気になっている方に勝手にメッセージを送りつけたりしました。こういう仕事でもないし、遊びでもない、よく分からないイレギュラーな行為は、新鮮な気分にさせてくれる。まぁ、楽しみを見つける遊びに近いのかもしれません。冊子遊び。文通ってやったことないけど、きっとこんな楽しさなんだろうな。
 
もし、冊子遊びに、興味あられましたら、連絡いただけたらと思います。何かしらのお店などに置いていただける方で、ご興味ありましたら、冊子をお送りいたします。
 
 
 
 冊子は不定期で、発行します。印刷されて手元に届きましたら、勝手にお送りするというかたちになると思います。お送りする際は、次号も、勝手に送ることになりますので、飽きたり、合わないと思われましたら、もう送らなくていい旨、お伝えください。合う、合わないは当然あることですので、送らなくていいよ、と言われても「そうか、合わなかったのか。」と思うだけです。合わないと思いつつ送られるのは、小さなストレスかと思いますので、ご遠慮なくお伝えくださいね。
 
家づくりが終わったら、小旅行に行こうと思っています。その時に、冊子を置いてくださっている方を尋ねながら、旅するのも面白そうだなぁ、と思っています。小さな読み物ですが、面白い場所に連れていってくれそうな予感。小さな冊子だけど、いろんな遊び方があるものだ。
 
メッセージは、info@andadura.netにメールをいただくか、インスタでDMに連絡ください。楽しみに待っております。
 
 
 
2024.10.24 | information そこ

2024.10.24

「そ こ」を置いてくださっているお店さん

 
・青森
 
・新潟
 
・栃木
 
・東京
 
・長野
 
・静岡
 
・京都
 
・兵庫
 
 
・広島
 
・鳥取
 
・長崎
 
 
お近くのお店さんで見かけましたら、ぜひ持ち帰ってやってください。
お送りして時間がたっている場合、お店に置いていない場合もあるかと思いますが、
細々と続けますので、どこかのタイミングで出会えますこと、楽しみにしています。
 
置いてくださっているお店さんも、改めて、ありがとうございます。
 
 
2024.10.24 | information そこ
page top